第4回 今だから「人流」を考える

2021.10.01

髙橋 愛典(高槻市自動車運送事業審議会会長、近畿大学経営学部教授)

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コロナ禍で「人流」という語を耳にする機会が増えた。これがまた、私の周りではすこぶる評判が悪い。誰もが人流を構成するはずなのに、「人流の抑制」のように抑え込むべき対象として扱われることに合点が行かないのは確かである。高層ビルの上のほうの階から、ブラインドの隙間を指でこじ開けて下界の「人流」を眺めているような、まさに「上から目線」に映ることは間違いない。

しかし、私自身はあまり違和感を持っていない。大学の教壇に立ちロジスティクス(舌を噛みそうなカタカナであるが要は「物流」)に関する講義を持つようになって以来、毎年度1回目から人流の概念に触れている。すなわち「流通の半分は物流でできている。交通の半分も物流でできている。」(着任した頃によく耳にした「半分は優しさでできている」という某鎮痛剤のキャッチコピーにあやかっている。)

厳密にはここで出てくる2つの「物流」は、意味が微妙に異なっている。流通の半分たる物流は”physical distribution”を訳した「物的流通」の略であり、交通の半分たる物流は”freight transport”を訳した「物資流動」の略である。英語では全く別の用語なのに、日本ではなぜこれら2つの「物流」が混ぜて使われるのか?流通と交通の違いなら、何となくわかるでしょう?では、物的流通と物資流動の共通点と相違点は?…という話の流れで、物流と人流を対比させた上で(私が所属する商学科では、多くの学生は、私の講義を受ける前に流通システム論と交通論を学んできているはず。交通論は身近な存在である旅客交通、つまり人流を中心に講じられている)、物流とロジスティクスの定義と概念を初回から知ってもらう狙いである。

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さて、この「2つの物流」の説明は、大学院生の頃に読んで多大な影響を受け、わが座右の書(講義の元ネタ)としている、苦瀬博仁先生(東京海洋大学名誉教授、日本物流学会元会長)のご著書『付加価値創造のロジスティクス』(税務経理協会、1999年)に沿ったものである。人流という表現が中立的かつエレガントに、冒頭で述べたような文脈に引きずられることもなく使われていた覚えがある。というわけで本書を座右から取り出してみた。しかし、そこに書かれていたのは「人流」ではなく「人の流れ」であった。

しかも英語では、先の”freight transport”(物資流動=貨物輸送)の対義語である”passenger transport”(旅客交通)だと思い込んでいたが、”person trip”であるという。これをいつの間にか「物流と人流」と勝手に短縮して毎年の講義で呼び習わし、あたかも大御所の先生の表現に正確に従っているような自己暗示をかけていたのは、私自身であった。

紙幅が尽きようとしているので自分の論文などで考察を続けることとするが、苦瀬先生ほどの大御所であれば「人流」と「人の流れ」、”passenger transport”と”person trip”を厳密に使い分けておられるに違いない。ちょっと顔が青ざめた。

プロフィール

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髙橋 愛典(たかはし よしのり)
1974年千葉市生まれ。専門は地域交通論、ロジスティクス論。早稲田大学商学部助手、近畿大学商経学部講師などを経て、2013年より近畿大学経営学部教授。2004年以降、高槻市営バスの審議会委員やアドバイザーを歴任し、2019年からは高槻市自動車運送事業審議会会長を務めている。