2021.08.02
「今はクルマを運転しているけれども、クルマを運転できなくなったらバスに乗る、だからバスはなくさないでほしい」という声を様々な会議で伺います。では、クルマを運転できなくなったら(乗れなくなったら)本当にバスに乗ることができるのか、考えてみましょう。
クルマを運転できなくなった状況というのは「クルマの運転がしんどくなった」、つまり「体力が衰えてきた」状況ということを指す人が多いようです(このほかには、判断力が鈍ってきたという回答を多数聞きます)。
日本モビリティ・マネジメント会議のWebサイトに、「クルマ利用と健康・ダイエット」の項目があります。ここでは、15kmの移動をクルマと電車で消費カロリーの視点から比較されており、クルマは102kcal、電車は220kcalを消費すると指摘されています。

電車の駅よりもバス停の方が多いので、すぐに乗車できるバスは電車よりも体力を使わないかもしれません。それでも、消費カロリーは電車と大きく違わないと考えられます。
この図からわかることは、「クルマは電車よりも体力を使わずに移動できる乗り物」ということです。ということは、「クルマを運転できない体力の人がバスに乗ることはとても難しい」のです。
「体力が落ちる前に自動車運転免許証を返納するので、その時にバスを使おう」という高齢者の方々もいらっしゃるでしょう。さて、普段クルマ移動に頼っていた人が、公共交通を使いこなすことができるでしょうか。
私が調査した“高齢者の自動車運転免許証返納と返納後の移動に関するアンケート”では、免許証返納前に「ほとんどクルマだけで移動していた人」は免許証を返納すると外出頻度が減少することがわかりました。一方、返納前に「クルマを運転しつつもバスや鉄道も使っていた人」は返納後の外出頻度が返納前と同じくらいか、やや増加していることがわかりました。
クルマはとても便利なのですが、頼り切ってしまうと、バスで移動できる所へもクルマで、自転車で移動できる所へもクルマで、歩いてすぐの所へもクルマで…と、すべてのお出かけがクルマ中心になってしまいます。そのような生活になってしまうと、いざ免許証を返納してもバスや電車でどこに行くことができるかわかりませんし、そもそも乗り方もよくわかりません。そのため、外出の頻度が減ってしまうのです。
より深刻なのは、外出頻度が減少した結果、体力が落ちてしまい、どこにもお出かけできなくなってしまうことです。

ちなみに、「家族の送迎があるから大丈夫」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ちょっとしたお出かけを家族にお願いするのがだんだんおっくうになり、外出頻度は減る傾向にあります。
クルマは便利な乗り物ですし、クルマを運転することを否定するものではありません。
しかし、健康な暮らしを目指すのでしたら、普段クルマを運転している人もクルマ以外の移動手段を普段から知っておくことが大切です。
これは、高齢者に限ったことではありません。若い方々もクルマ以外の方法で移動することで運動することにもつながっているのです。
「いつもはクルマだけどバスにも乗る生活もすることで、バスがなくなる心配が減っていくのです」
プロフィール

井上 学(いのうえ まなぶ)
立命館大学衣笠総合研究機構 アート・リサーチセンター客員協力研究員 公共交通アドバイザー
専門は交通地理学、近畿圏内で地域公共交通会議や地域公共交通計画等の委員を務めている。高槻市営バスの審議会委員やアドバイザーを歴任し、2019年からは高槻市自動車運送事業審議会委員を務めている。